盲導犬に敬意を表して。

こんにちは。栗原貴子です。

パグ犬の風太はぬくぬくと毎日を過ごしている。今は愛玩犬となっていても、ほとんどの犬種が猟犬など職業犬のルーツを持つ中で、パグは愛玩犬のルーツしか持たない。何世紀さかのぼっても「愛玩されること」がお仕事。それはそれで、いろいろ大変かもしれないのでパグのみなさま、ご苦労様です。


愛犬家の中には盲導犬や介助犬をはじめ、災害救助犬、警察犬などの職業犬に対して「かわいそう」という思いを持っている方が少なくない。いろいろなとらえ方があるなあと思うけれど、私は、職業犬のみなさんが誇らしげに職務を遂行しているなあと感じるので、かわいそうではない派だ。


街中で遭遇する確率が高い職業犬は盲導犬だと思うけれど、痛ましい事故や入店拒否といったニュースも後を絶たない。


盲導犬といえば『盲導犬クイールの一生』という本がベストセラーになったことを覚えている方も多いだろう。ジャケ買いならぬ「ジャケ泣き」した私は『タイトルだけで涙ぐむのだから、読んだら大変』と買わなかった。そうしたら後日「ブックレビューを書いてください」と自宅に本が送られてきたこともあって結局、号泣。とても印象深い一冊となった。


犬が好きな私も盲導犬は撫でまわしたりはしない。お仕事中の彼らにかまってはいけないということを知っているからである。心の中で「お疲れ様」と声をかけ、危険がないかどうかを見守るようにしている。


けれど、ときに彼らの方から「かまって」くることがある。

盲導犬は自分の判断でそこらへんにいる人にヘルプを求めることがあるんだな、と私は自分の経験から思う。そんなときは、ためらわずに声をかけようと決めている。


一度目は、私が電車の中で座っていたときのことだった。

盲導犬を連れた人が乗車してきた。席を譲るべきか逡巡していた私の元へ、盲導犬がグイッとやってきた。そして、私の膝にアゴを乗せたのだった。「お願い。譲って」とその瞳は言っていた。


「席を譲りますので、ここに座ってください。私はこれから立ちます。あなたの手をとってもいいですか?」

「ありがとうございます。お願いします」

「ワンちゃんが座らせてあげてと教えてくれたんですよ」


盲目の人を席に誘導すると、盲導犬は私に鼻先をそっと押し付けた。本当はルール違反だけど、私はその子の鼻筋をそっと撫でた。大丈夫、分かってるよ偉かったね、と。そして「盲導犬に選ばれしオンナ」である私は盲目の人に行き先を尋ね、乗客の皆さんにそこまで行く人はいないかと尋ねた。若い男性が「オレ、その駅で降ります」と名乗り出てくれたので「降りる時によろしく」とお願いした。盲導犬にも「あの人がお手伝いしてくれるよ」と教えた。「わかった」の印に、私の手の甲に冷たく湿った鼻先をちょんとくっつけてくれた。


二度目は、東京で大雪が降った翌日のことだった。


盲導犬を連れた人が、横断歩道の手前でうおさおしていた。積雪で点字ブロックは隠れ、あちこちに雪の山ができている。盲目の人にとって地形が変わっているということだ。歩道と車道の区別がつかないのだろう。盲目の人は車道に出ようとしている。盲導犬は足を踏ん張って必死に抵抗しながら、途方に暮れていた。


「危ないですよ」

近くにいたスーツ姿のオジサンと私がほぼ同時に声をかけた。

「雪でしょうか。道がわからなくて」

と不安そうな声がかえってきた。

オジサンと私は「お手伝いします」と申し出た。盲導犬はあきらかにホッとした表情をしている。さて、どうお手伝いするのがよいのか。盲目の人の足元が滑る可能性もあるので、オジサンと私が両脇から支えるのがよいだろうということになり、万が一、滑ったときはオジサンのほうが力を発揮できるだろうことから、盲導犬のハーネスを私が持つことになった。


「私、雪国の生まれなので安心してくださいね」


と声をかけるオジサンに惚れた。盲導犬も惚れていたと思う。

「盲導犬のハーネスを持つのは初めてなのですが、どうしたらいいですか?」

と聞くと盲目の人は「この子が教えてくれます」と言った。

「よろしくね」

と言うと、その瞳は「まかせて」と言っているようだった。


右手でハーネスを握り、左手で盲目の人と腕を組む。目的地まで一緒に歩いた。帰りはタクシーを呼びます、と盲目の人は言い、なんども「ありがとうございます」を繰り返した。オジサンと私が盲導犬を撫でさせてもらうと、盲導犬は横顔でスリスリして「ありがとう」を伝えてくれた。私たちは「では!」と別れた。


三度目は、自宅近くの歩道でのことだった。


この歩道は狭くて、ふたり並んで歩くと向こうから来た人とはすれ違えない。向こうから歩いてくる盲導犬と並列で歩いている人と私がすれ違うことはできない。盲導犬はずっと私の目を見ていた。私はかすかにうなずいてから、マンションの敷地になっている部分にいったん退避した。彼らが通り過ぎるのを見送る間、盲導犬はずっと私のことを見ていた。「ありがとう」と言っているかのようだった。私は小さく手を振った。


盲導犬の仕事ぶりに触れると、鼻の奥がツーンとする。


盲導犬を連れずに、白杖だけで歩いている人も見かけることが多い。


白い杖を持ってる方が渋谷駅の構内で「どなたか教えてください」と声をあげた場面に居合わせたことがある。


近くにいた女子高生が「はい!」と元気よく返事をした。私は少し離れたところで見ていた。盲目の人は点字ブロックから外れてしまい、湘南新宿ラインのホームがどちらかわからなくなってしまったという。

女子高生は元気よく「あっちです!」と指さした。

「あっち、とはどっちですか?」

「あっちです!」(また指をさす女子高生)


ああ、オバちゃんの出番だ、と私は歩み寄った。

「右斜め後ろから失礼します。肩に触れますね。点字ブロックの上にご案内しますね。右へ二歩ぐらい移動してください。進行方向はこちらであっています」


その様子を見ていた女子高生は「そうやって教えるんだ……。私、バカだ……」といった。


すると、盲目の人は言った。

「いいえ。あなたの優しい気持ちが伝わってきて嬉しかったですよ。ありがとう」

女子高生は言った。

「私、湘南新宿ラインに乗るので、一緒にホームまで行ってもいいですか?」

盲目の人は「もちろんです。ありがとう。できれば、腕を組んでくれるとありがたいです」


女子高生は「はい!」と嬉しそうに答え、私にも「ありがとうございました」と言い、私は腕を組んで歩くふたりの背中を見送った。



盲導犬を連れている方、白杖を持った方の悲しい事故が後を絶たない。ニュースに接するたびに、私はこれまで出会った盲導犬と、あの日の女子高生のことを思い出す。



栗原貴子のでこぼこオンナ道

栗原貴子/編集・ライター、コピーライター フリーランス歴23年。広告、宣伝、啓蒙につながるクリエイティブ制作、コピーライティングが得意。2019年より きもの伝道師 貴楽名義で着付けパーソナルレッスンを中心に活動開始。きもの歴は四半世紀越え。