Pugたちに愛をこめて<ペペの巻>
こんにちは。栗原貴子です。
2017年9月7日、私の人生で5代目のパグ犬となった風太が14歳8か月でこの世を去りました。
16時間連続で泣き続け、泣きながら眠り、翌朝鏡を見るとそこには。
岸部一徳
がいました。
私は極限まで目が腫れると「岸部一徳に激似」ということを生まれて初めて知りました。
そして今でも自在に泣ける状態にありますので、女優になれそうですが映画「Wの悲劇」だったでしょうか。若手女優が「死んだ愛犬のことを思い出せば泣く演技はできる」みたいなことを言い、大御所女優にダメ出しされているシーンがありました。役に入って涙を流せ、ということなのでしょう。もっともだなあ、と思います。
16時間も泣いていると水分が失われるため、やたらと喉が渇くのだということも知りました。ああ、私の肉体は生きているのだなあ、と感じてまた涙を流し、岸部一徳のそっくりさんとして2日間を過ごしました。
私は、生まれて初めて見た犬がパグ犬だったため、パグ犬に弱いのです。パグとの悲しい別れを経験した少女の頃「この世を去ったように見えるけれど、いるべき時代に戻っただけなのだ」と思い心を慰めました。そのときの気持ちをベースに短い物語を書いたことを思い出し、ブログにアップすることにしました。少しずつ、アップして参ります。
これまでの人生で巡り合った5匹のパグ犬たちに愛をこめて。
<パグ犬の秘密>
1971年 初秋
時は昭和40年代。パグ犬などという血統の犬は当時の日本では珍しかったが、ペペ(♀)は日本のフツーの家で独身男に飼われていた。
この男は「かわいい犬がいるから見に来ない?」とペペをだしにして女を誘い、まんまと女と暮らし始め、赤ん坊が生まれることになった。ペペは大いに焦った。まず、第一に「自分の存在が男の運命を変えてしまった」からである。自分がいなければ男は「かわいい犬を見に来ない?」などと誘いはしなかっただろうし、犬に釣られて女が遊びにくることもなかたはずだ。第二に、生まれて間もない赤ん坊は魂が純粋なため、この時代の地球上で唯一「パグ犬の秘密」に気づく可能性がある危険な存在なのである。ペペは一生懸命「犬の毛は赤ん坊の衛生に悪影響を及ぼす」という情報を男と女の目に触れされた。その甲斐あって、ペペは赤ん坊が生まれる直前に、女の母親の家に引き取られることになった。
生まれてくる赤ん坊とは極力、距離を置きたかったのでペペは女と女の母親の仲が悪くなるようにふるまった。
「こんなダメ犬を押し付けて!」
と女の母親は毎日、怒り狂っていたが、それはペペの計画の一部である。せっせと粗相をしては、「もう!」と怒らせた。しかし、ペペは「孫を抱きたい」という祖母たちの願望が、自分の粗相ごときではどうにもならない、ということを知らなかった。女と母親は不仲になっても「犬は赤ん坊の衛生に悪いから」などと言って、祖母のほうがせっせと赤ん坊に会いに行くようになったのである。ペペと赤ん坊の対面は避けることができたが、女が赤ん坊を連れて遊びに来るのも時間の問題だった。その予想どおり、誕生から3か月後には女が赤ん坊を連れてやってくるようになった。
ペペは赤ん坊が来るたびに隠れた。軒下や裏庭に隠れ、どれだけ呼ばれても知らんぷりを貫いた。前の飼い主だった男は
「ペペは自分がこの赤ん坊のせいで、この家に連れてこられたことを分かっているから怒って隠れているんだ」
と言い、ほかの人間たちも「そうだ、そうだ」と同意した。この時代の人間たちがアホでよかったとペペは胸をなでおろした。
ペペは未来人なのである。
20XX年から時空を超えて過去に行く際には、警戒されないルックスと存在感であることに加え、余計なことをしゃべったり、過去の人間と恋愛関係になったりしないことが求められる。そのため、人間ではなくパグ犬という犬に姿を変えるのである。ハイテクの限りが可能な未来において「なぜ、よりによってパグ犬?」という疑問はあるが、今回、ペペがきた時代よりももっと昔に行くこともあるため、いろいろと都合がよいのだろう。
そのため、過去の時代での任務は「なんでパグにならなきゃいけないのか!」と未来人の間では不人気だ。ペペがこの任務を志願したのは、単に「日本の昭和の時代」に興味があったからである。
任期はだいたい過去時間で12年程度。未来時間でいえば4年に相当するが「お父さんの単身赴任」もそんなものだろう。過去の世界では「パグ犬の寿命」という形で任務は終わる。一度、過去での任務を経験すれば、未来に戻ってから好待遇を受けられるし、二度と過去任務につかなくてよくなるという点もペペがこの任務を志願した理由だった。
任務といっても未来の世界は平和なので、諜報活動をするわけではない。単に過去に何があったのかを調査するだけだ。もちろん、記録もたくさんあるが公式な記録は「盛っている」か「操作されている」か「隠蔽されている」のどれかなのでアテにならない。ナポレオンの妻、ジョセフィーヌの愛犬“フォーチュン”になったペペの同僚は「歴史、盛りすぎっ」と憤慨していた。しかし、どういう風に「盛って」いるのかは機密事項なのでペペも知らない。中世といわれる時代にアジア、ヨーロッパの王室・貴族でパグ犬が人気だったのは、その時代に偵察任務についたパグがたくさんいたからである。
ペペの目下の課題は赤ん坊と「目を合わせない」ことにあった。目を合わせたら最後、赤ん坊に「未来人である」ということに気づかれる可能性があるのだ。
赤ん坊が来ることはいつも事前に電話で連絡があり「あらそう。分かったわ。12時ごろくるのね」と女の母親が甲高い声で嬉しそうに言うのですぐに分かった。しかし、女の母親が「今日」と「明日」を間違えた。その結果、ペペが油断して庭先で昼寝をしていた時、女に抱かれた赤ん坊がやってきてしまったのだ。
「今日はペペ、ここにいたのね。赤ちゃんよ。見て」
という女の声で眠りから覚めたペペが目を開けると、目の前に赤ん坊がいた。目と目があってしまったという事実にしばらく体が硬直した。赤ん坊もじーっとペペを見ている。
『あああああ、なんということ!』
急いで立ち上がろうとしてよろけた。足がしびれていた。
「ペペ、足がしびれたの? グーグーいびきかいて、よく寝ていたモノねぇ」
と女の母親が笑う。よろけたペペを見て赤ん坊も笑う。
『か、かわいい』
不覚にもペペは思ってしまった。赤ん坊とやらは、かわいいじゃないか。
「あー。あー」
発言の内容は不明だが、赤ん坊もペペのほうへと手を伸ばしてきた。
未来人の”家族”の概念は、昭和のニッポンで言うところの「人類皆きょうだい」のような、「地球はひとつ」のような感じだ。男女の愛の営みによって産まれた子供は専門の機関で同い年の子友達との集団生活で育成するのだが、人類にとってはすべての子供が「わが子」であり、すべての大人が「親」である。そのような世界のため、ペペが「生まれて間もない赤ん坊」をリアルに見たのは初めてだったのだ。ペペの育った世界では生後1歳以上にならないと赤ん坊は公共の場に出ることができないのである。
ペペと赤ん坊は見つめ合った。女の子だというこの赤ん坊の目はたいして大きくはなかったが、その瞳が一瞬、見開かれ瞳孔が開き、赤ん坊がペペの正体に気付いた事をペペは悟った。幸いにも赤ん坊はまだ、言葉を話せないためすぐに秘密が漏れることはない。しかし、いかにも早々に言葉をベラベラとしゃべりそうな顔をしているように感じた。子供が「ペペちゃんは未来から来たんだよ」といっても幼子のたわごとで済まされるが、怖いのは成長してからである。
「パグ犬は未来からやってきた未来人なのよ!」
などと大人になったこの赤ん坊が言い始めて「お気の毒なご婦人」として扱われればまだしも、万が一まともな科学者にでもなってしまったらどうするんだ? ってことである。ペペのいる未来の世界が変わってしまうかもしれない。「過去に干渉してはいけない」ということをアメリカのヒット映画『バック トゥ ザ フューチャー』でさんざん予習したペペは事の重大さに動揺し「ガハ、ガハ」とパグ犬特有の声なのか鼻を鳴らしているのか分からない音を出してしまった。
自分の存在のせいで赤ん坊が生まれたことは「ギリ、セーフ」ではあったものの、上司にめちゃくちゃ叱られたのだ。その上、この赤ん坊が将来、秘密を暴露したらどうしよう? 内心、青ざめたがパグ犬の顔は黒いままだった。
『この子が将来、科学者などにならないように、見張っておかないと……』
「あー!」
赤ん坊は嬉しそうにペペの額をパチパチ叩いた。 つづく
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