続・逃避行「神社に呼ばれていたらしい」

前回、ステイホームに疲れて逃避行をした話を書いた。


この、逃避行は「木曜日の夜に、衝動的に宿を予約した」という無計画の極みプランであった。

「電車に乗ればつくでしょ」

とルート検索もせずに予約してしまうほど、疲弊していたのだ。


上げ膳据え膳を満喫し、かつ満腹でチェックアウトする際に女将さんに「このあたりで、歩いて行ける見どころはありませんか?」と質問した。

女将さんは「川津来宮神社」をおすすめしてくれた。

言い忘れていたが、私は河津に滞在していたのである。河津桜の名所であるが、ほんの少し咲いているぐらいで女将さんは「今年は桜が遅くてすみません」と申し訳なさそうにしてくれた。自然のことなので、女将さんはこれっぽっちも悪くないのだが、私が桜目当てでやってきたのかも? と思ってくれたのだろう。


2日目の朝は「天気雨」ならぬ、「天気雪」がちらつく不思議な空模様だった。風が強く冷たかったが、河津駅のコインロッカーに荷物を預けて、「川津来宮神社」を目指して歩いた。


「河津桜まつり」が開催されていたが、主役の桜がまだ咲いてないので訪れる人もほとんどいない。逃避行の身にはありがたい閑散っぷりだが、観光地としては残念な週末となったようだ。そして、風が強く、冷たくて神社は想像していた以上に、遠く感じた。


この日の河津は「お天気雨」ならぬ、「お天気雪」がちらつく空模様で、冷たい風がビュービュー吹いていたのだ。想定外の寒さに駅のコインロッカーに荷物を預けるついでにしまっていたカーディガンを取り出した。「ニットワンピの上に、ニットのカーディガンを着てコートを着る」という重ね着。静電気必至の着こなしである。

パンフレットには「河津駅から徒歩5分」と書いてあったが向かい風のせいで、果てしなく遠く感じた。冷たい向かい風が容赦なく体温を奪っていく。鳥居を見つけてこんなにホッとしたことがない、というぐらいに私は凍えていた。


鳥居をくぐるとなぜか、風がやんでポカポカと暖かい日差しに包まれた。風がなければ、今日はこんなにうららかなお天気なんだな、と太陽のぬくもりに包まれながら参拝する。凍えていた体がたちまち温まる。太陽ってすごい。シミは困るけど。


この神社は樹齢1000年以上の大クスがご神木である。


存在感がすごすぎる。そして、なぜか、参拝客が私だけという「貸し切り」状態。激写しまくる。


樹齢1000年というスケール感に圧倒された。見ているだけでいろいろなことが、些細な事に感じてくるから不思議。


思う存分激写して、おみくじをもとめて社務所に行った。

宮司さんが出てきてくれて、おみくじをいただく。


神社を後にして私が向かった先は、喫茶店であった。


起床してからずー----とコーヒーを飲みたい、という欲望と葛藤していた。旅館の宿泊が久しぶりすぎて「お部屋に備えていなかった場合に備えてコーヒーを持参する」ことを忘れていたのである。カフェインへの欲求は緑茶である程度、満たすことができるがカフェインというよりもコーヒーが飲みたかった。


普段よりも「コーヒー」「珈琲」という文字に対するセンサーが敏感になっていたので、神社に向かう道すがら、冷たい風に吹かれてこごえながらもナイスな喫茶店をみつけていたのである。


喫茶店に入ると、どどーんとコーヒーを焙煎するマシンが鎮座しており、渇望していたコーヒーの香りをマスク越しに感じた。フィルターの性能が疑わしいが、一応、不織布マスクである。


店内には女性の店員さんと女性客がひとり。

注文をすると、奥から出てきたマスターが私のコーヒーを丁寧にドリップしてれる。カフェイン中毒の私は、マスクの下で舌なめずりをしながらその様子を凝視していた。

私の元にコーヒーが届いたとき、またしてもお天気雪が降り始めた。

「変わったお天気ですよねえ」

「今朝も晴れているのに、雪がちらついてて」

そんな会話から、私も店員さんと女性客との会話にジョインしはじめた。

私が泊まった宿や、そこの女将さんに進められて「川津来宮神社」に行ってきたことなどを話すと、なんと女性客が宮司さんの奥様であることが判明した。


「わあ! ということは、私、ご夫婦にお会いしたんですね!」

というと、店員さんも女性客も「神社に呼ばれたんですね」とおっしゃった。

確かに。

私が神社に行こうと思ったのも、旅館の女将さんがおすすめしてくれたからである。

神社にたどり着くまで、強風がすごくてしかも向かい風で、寒くて大変だったけれど境内に入った瞬間、風がやんでポカポカと太陽に温められたと話すと「いつもはけっこう境内も風が吹くんですよ。やっぱり神様に呼ばれたんですね~」と言われて、うれしくなった。


だとしたら、私はなんで呼ばれたんだろう?


「神様に呼ばれる」というとどうも「職員室に呼ばれた」的なイメージがあって「そんなに素行や成績が悪かっただろうか?」と反省モードに入りそうになった。おっと、そうじゃない。神様は素行や成績の問題でいちいち呼び出しをかけたりはしないだろう。


ま、いいか!


これぞまさに神のみぞ知る、である。おかげさまで、楽しい逃避行ができたわけで。明日からまた、仕事である。夕方に帰京するとしたら、そろそろ帰りの電車に乗らなくては、だ。


駅に戻り、切符を購入しようとしていたら暇を持て余していた改札にいた若い女性の駅員さんに「どちらまでですか?」を声をかけられた。

「品川まで帰りたいです」

と告げると、複数路線を乗り換えるプランを「これなら、いろんな電車に乗れる上に、いちばん安いルートです! 一番早いのは、新幹線に乗り換えて~」とキラキラとした眼差しで嬉しそうに教えてくれた。


鉄子ちゃんなんだろうな、と思った。張り切ってPCなど持ってきてしまった私は、荷物もあるので、乗り換えはちょっとである。

「踊り子号で品川まで帰ります」


鉄子ちゃん的には、もっともそそらない選択だったのだろう。キラキラしていた表情があっというまにフツーになった。しかし、私は若いころから「電車の乗り換え」はあまり好きではなく、「1本で帰れる」ことが何よりも魅力なのである。


こうして、私は無事に帰京していつもの生活を送りながら、毎日、けっこうな頻度で楽しかった逃避行を反芻している。



栗原貴子のでこぼこオンナ道

栗原貴子/編集・ライター、コピーライター フリーランス歴23年。広告、宣伝、啓蒙につながるクリエイティブ制作、コピーライティングが得意。2019年より きもの伝道師 貴楽名義で着付けパーソナルレッスンを中心に活動開始。きもの歴は四半世紀越え。