バツイチ独身、ひとり暮らし、フリーランスであることを「世界最高レベルの自由」と思えるようになった理由。

こんにちは。栗原貴子です。

Ⓒ佐藤美紀


以前の記事にも書きましたが。

バツイチ独身、ひとり暮らし、フリーランサーという自分の身の上を「かわいそう」と憂いていた時期がありました。


今は「世界最高レベルの自由人じゃない?」ぐらいに思っていますけれど。


そう思えるようになったのは、自分の神話塾を受講したからなのです。興味のある方は、10日間の無料メール講座、ちょいと体験してみてくださいね!


さて。

紆余曲折を経た今、楽しそうに暮らしている私の様子を見た女性たちは「栗原さんは盤石の幸福をゲットしている!」と感じるのでしょう。いろいろ、相談されたりするのですね。でもね、栗原さんはバツイチ独身、ひとり暮らし、フリーランスなんですよ、って言うと「えっ?」って顔をするんです。


高収入な旦那さんがいるんじゃないか?

ものすごいお嬢様なんじゃないか?

パトロンがいるんじゃないか?


要するに、私の生活を担保し、庇護してくれる「誰か」がいるんじゃないかって想像しているのですけれども。


「今どき『愛人になってくれたら、月々いくら』みたいな人、いたら紹介して欲しいわ。どいつもこいつもセコいわよ」


と強烈な毒矢を放つ私を、あんぐりと見つめる若き女子たち。


不倫に悩める若き女子も多いようで。「友達の彼氏はみんな既婚者なんです」的なことを相談されたりもするのですけれども。

「そもそも、不倫って慰謝料発生するリスクがあるじゃない? でね、そんなリスクに『巻き込まれてもOK』ってぐらいの魅力もしくは特典が貴殿にございますか? ってことよね~」


と毒矢第二弾を放つと、たいていの女子は「ですよね~」という。


「誰か」の担保や庇護もなく、ワタクシがのうのうと楽しそうに生きているということに多くの女性たちが驚くのは、「男性の担保や庇護なくしては生きていけない」という、前時代的な刷り込みがあるからなんだろうなって感じます。


そして「彼氏や夫」の存在が「必ず幸せをもたらしてくれる」という錯覚も根強い。


幸せをもたらしてくれる彼氏や夫もいることでしょう。

けれど、100%そうとは限らない。


相性の問題もあるし、そもそも男性は「俺が楽しいならば彼女も楽しいはず」という思いこみに陥りやすいのだと、かの有名なジョン・グレイ博士の本にも書いてあったので。男女はお互いの「フツー」が一致していないし、喜びと感じる「ツボ」もかなり違う。


だから

彼氏や夫がいたとしても自動的には「幸せ」にはなれないよね。

お互いの努力や思いやりが必要だよね!!


ってことですよね。


自分のことをかわいそうだと思っていた頃の私は「自分が我慢すれば、丸く収まる」という行動をよくとっていたのです。なので、いろんなことを「自分が我慢する」という形で収めてきた。するとね、周囲の人たちからは「感じのいい人」だと思われるし。我慢していることは見えないから「ノープロブレム!」だと思われてしまう。結果、「丸く収まる」。


でも、それって「我慢の結果」に得たものだから。

自分の本心からの「喜び」にはならないのです。


おまけに、こう見えて(どう見えて?)以前の私は、すべてにおいて『私が悪かったのかしら?』と反省しがちな傾向も強かった。

例えば、初対面の人と名刺交換の際に雨に濡れたチワワのごとく、プルプルと震える人がいるんですね。


『私、威圧的だった?』


って反省しちゃっていたんです。

でも、よくよく考えるまでもなく、それって「あがり症」とか「緊張しやすい」といった相手の問題なのよね。


相手の問題を自分の問題に取り込まないことって、大事。


自分を必要以上に責めたり、自分に激しいダメ出しをしてきたおかげで、今の「私」があるってことも分かっているんです。

でも、もう「体力の限界です!」といいますか。

そういう生き方は疲れるし、いいことないしってことを思い知った。

という感じです。


とはいえ、なんでも自分の都合のよいように解釈すればよい、ということじゃないですよ。


「自分の都合のよい解釈」も行き過ぎると「露出が多い服装していたから、触られたいのかと思った」とかいう痴漢の言い訳みたいになってしまいかねない(こういうのは専門用語で『認知の歪み』というそう)からね。


他人の言動を、自分の感情や行動の「理由」に取り込まない、ということです。


私がバツイチ独身であることを「かわいそう」と感じるようになってしまったのは、そういうニュアンスの発言をする人がいたことに端を発します。自分では「かわいそう」と思ってなかったけれども、他人から「かわいそう」的なことを言われて、そんな気分になっちゃった、ってことですね。


ひとり暮らしを「寂しいもの」と思い込んでいる人は「孤独死したらどうするの?」とか言ってきます。「いや、もう死んじゃってるからどうにもできないよ、その時点では」とへらへらと返すと「でもさ~」と納得しない。わかる。そういうときって、ひとりで過ごす時間がとてつもなく寂しかったりするからね。

でも、最近、複数の国の調査で「シングルの人の方が健康」という研究結果も出たらしいわよ。ストレスが少ないからかしらね? メリットもあるのよってことですね。


フリーランスで働くことを受け入れられない人は面と向かって「それで生活をしているなんて、信じられない」と言います。いやいや、現にこうして生きてますからね、って言っても。「いや、信じられない」と連発するオッサンがいましたが。ほんとにムカついたので「心の中のデスノート」という芳名帳に書きました。のちに、そのオッサンが愛人オファーをしてきたので(といっても月々いくらではないよ。食事をおごるレベルの話だよ)、パトロンありきの生活だと思っていたのでしょうね。

(この手のオッサンもまた、私の自尊心と自己肯定感を下げる原因になっておりましたが、それについては、また別の機会に)



ボケっとしていたわけじゃないけれども「自分は自分」って軸を意識せずに生きていると、他人の言動に、自分の感情や行動が影響されることって多いのですよね。だから「人は人、自分は自分」ってしっかり境界線を持つことがとっても大事。そして、それができるようになってくると「自己肯定感」がちゃんと持てるようになってくるのです。


そう。

私は「自己肯定感」をしっかり持てるようになったから。

世界最高レベルの自由人、と思えるようになったのです。


大切なのは、今の自分、自分の現状を「肯定する」こと。

それも「なかなか、いいんじゃないか」ってレベルで認めること。


多少「いまひとつ」な部分があったとしても。

今日もこうして「生きている!」って最高に幸せじゃない?



ということで。


今日も読んでくださって、ありがとうございました。

みなさまの毎日に「ププッ」と笑顔が溢れますように♫












































栗原貴子のでこぼこオンナ道

栗原貴子/編集・ライター、コピーライター フリーランス歴23年。広告、宣伝、啓蒙につながるクリエイティブ制作、コピーライティングが得意。2019年より きもの伝道師 貴楽名義で着付けパーソナルレッスンを中心に活動開始。きもの歴は四半世紀越え。